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福島地方裁判所 昭和25年(ワ)104号 判決

原告 佐藤庄一 外一名

被告 河上清 外一名

一、主  文

1.被告河上清は原告両名に対し各金一一七、〇九一円五〇銭とこれにつき昭和二六年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員とを支払わなければならない。

2.原告等その余の請求を棄却する。

3.原告等と被告吉野との間の訴訟費用は原告等の連帯負担とし、原告等と被告河上との間の訴訟費用はこれを三分しその二を被告河上の負担とし、その余を原告等の連帯負担とする。

4.この判決の第一項は原告等において各四〇、〇〇〇円の担保をたてれば仮に執行することができる。

二、事  実

原告等は「被告等は原告等に対し連帯して金三四六、七九一円とこれに対する昭和二六年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員とを支払わなければならない、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決と、担保を条件とする仮執行の宣言とを求め、その原因として次のように述べた。

「原告等は昭和一七年一〇月三〇日福島県信夫郡庭坂村大字李平字イラ窪九番山林五反九畝六歩をその毛上と共に三浦宇三郎から買受け、昭和一九年一二月二一日所有権取得登記を経た。かくて原告等は右地上の杉立木の所有権を取得したのであるが、昭和二五年四月に至り、被告河上は阿部善七を通じ、原告等の父佐藤金蔵に右地上の杉立木を買受けたいと申込んで来たが、金蔵はこれをことわつた。ところが、その後間もない同年六月八日右地上の杉立木の約三分の一に当る二六〇本が何者かによつて伐採されていることを発見したので、調査したところ、これは被告吉野が、自己の所有と称して被告河上に売り、同被告において伐採したものであることが判つたので、原告等は同年六月二三日福島地方裁判所昭和二五年(ヨ)第三九号仮処分事件の仮処分命令を得て、被告等の伐採搬出等の禁止処分をした。然るに、被告河上は右仮処分命令に対しその取消を申立て、同年八月一四日これが取消判決を得るや、直に再び伐採搬出を強行しその全部を伐採処分してしまつた。その石数は五一七石七六であるが、その本来の伐採適期である樹令三〇年に達する昭和二九年末に伐採するときは、その間の成長により、六八六石五三の木材を得べく、その価格は一石あたり六一四円計四二一、五二九円四二銭を原告等は利益として得べかりしにかかわらず、右のような被告等の不法処分により、原告等は右立木の所有権を失い、右同額の得べかりし利益を失つたわけであるが、右昭和二九年末の価額四二一、五二九円四二銭を昭和二五年一二月三一日に支払を受けるべきものとし、その間年五分の割合による利息を差引けば三四六、七九一円となるので、共同不法行為者である被告等に対し右三四六、七九一円と右支払を受けるべき日の翌日昭和二六年一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金との連帯支払を求めて本訴に及んだ。

被告吉野が本件土地を買受けたとのこと、同地上に本件杉なえをうえたということ、同被告が、同地を占有していたという被告等の主張事実は否認する。

右土地はもと三浦松三郎の所有占有するところで、大正一三年八月三〇日同人の死亡後は、その相続人である三浦宇三郎のため、その山管理人三浦長兵衛がこれを占有し、その地上杉立木も同人が昭和二年ごろうえたのであり、その後前述のように、昭和一七年一〇月三〇日原告等が買受けた後は原告等の父金蔵においてこれを占有継続したのであつて、被告吉野が占有していたことはあり得ない。仮に同被告が大正一三年以降占有していたことがあつたとしても、原告等が右土地を買受けた後右のように原告等の父金蔵がこれを占有したことにより、同被告の占有は中断されたわけである。さらに、仮に被告吉野がその主張のように、右土地に杉なえをうえ、当時杉立木の所有権を取得したことがあつたとしても、前述のように、三浦宇三郎は管理人である長兵衛を通じ、大正一三年以来、右土地の地盤と共に、その地上立木をも自己所有と信じ善意無過失で管理占有すること一〇年に及んだので、昭和九年中には本件立木の所有権を時効取得したので、原告等はこれを右宇三郎から買受けて所有権を取得したわけであり、仮に宇三郎の占有にして善意無過失でなかつたとしても、その占有を承継した原告等は引続きこれを占有し、宇三郎の占有期間と通じて二〇年を経た昭和一九年中には原告等がその所有権を時効取得するに至つたわけであるから、昭和二五年当時右立木の所有者は原告等であつて、被告吉野ではない。

なお、本件土地につき被告等主張の如き原告等より佐藤徳栄への、さらに原告等への登記がなされていることは認めるが、これは昭和二二年六月一二日都合により、原告等から伯父徳栄に、本件土地の地上立木を除き土地のみを贈与し、さらに昭和二五年七月二〇日同人より原告等へ右土地を贈与したのであつて、右地上の立木は昭和一七年一〇月三〇日原告等において買受けて後引続き原告等において、その所有、占有管理を継続していたものである。」

被告等は「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

「原告等主張の地上の立木を被告吉野が自己の所有として被告河上に売却し、同被告においてこれを伐採処分したこと、これについて原告等主張の仮処分、その取消判決があつたことは認める。然し、右立木が、原告等の所有であるとの原告等主張は争う。元来右立木は被告吉野の所有であり、被告河上においてこれを被告吉野から買受けたのであるから、原告等の所有権を侵害したことにはならない。その被告吉野の所有に属するに至つた事情は次のとおりである。すなわち、原告主張の土地は、もと原告主張の如く三浦松三郎の所有であつたが、被告吉野の亡夫周太郎が大正一三年ごろ当時はだか山であつた右土地を妻である被告吉野のため松三郎から買取り、その地上に被告吉野のため杉なえ約一二、〇〇〇本を植付けたのである。そうして、その後被告吉野は清野喜助、喜八の両名にその管理をたのみ、同人等において下草のかりとり、藤、つたなどの取のぞきや間伐もしてその管理を続けて来たのである。従つて、本件杉を植樹後、原告等ないし三浦宇三郎などが、これを管理占有していたということはない。かりに多少の管理類似行為があつたとしても、それは被告吉野の知らぬ間に、その占有を侵害したものに外ならない。

右のように、本件立木は、被告吉野において、その所有に属する本件地上に植樹したもので、同被告の所有に属したものである。原告等が、本件土地を三浦宇三郎から買受けたことは知らないが、仮にその主張の日時これを買受け登記を経たもので、被告吉野の前記所有権取得が登記を経ておらず、従つてその土地所有権を以て原告等に対抗できないとしても、その地上の立木に至つては、同被告が、所有権に基いて植付けたので、三浦宇三郎ないし原告等が、その所有権を取得するいわれはない。正当権原に基いて本件土地に附加したものとして被告吉野が所有権を取得したわけである。

仮に、被告吉野が、本件立木を植えた時、その地盤である本件土地について所有権その他の使用権を有していなかつたとしても、被告吉野としては、大正一三年右地上に本件杉なえを植付け、その管理を続け、平穏公然に、右土地を占有すること二〇年余におよんだのであるから、二〇年を経過した昭和一八年中には右土地についての使用権を時効取得したので、この権利は占有当初の大正一三年植栽時にさかのぼつて有したこととなり、従つて、本件立木は、右の時効取得された正当権原に基いて植栽され被告吉野の所有に属する。右時効取得した権利について被告吉野としては、その登記なく、その後本件土地を取得し、その登記を経た原告等に対抗できず、原告等から被告吉野がその地盤についての権利を否認され、本件立木の撤去を求められるのはやむを得ないとしても、正当権原に基いて被告吉野の取得した立木所有権が否定される理由はない。

そして、被告河上は、右のように、本件立木の所有者であつた被告吉野から、昭和二五年五月一九日右立木を買受け、そのころすぐに人夫を入れてその伐採搬出をし、何人にも被告河上の所有であることを明かに示す手段をとつたのであるから、これは右立木に対する明認方法を施したものとして、その所有権を対抗できるわけである。

他方、原告等は本件土地立木を買受けたと主張するが、登記簿によれば、原告等は昭和一九年一二月八日三浦宇三郎から買受けた後、昭和二二年六月一二日佐藤徳栄に贈与したとして、同月一四日登記、昭和二五年七月二〇日さらに、佐藤徳栄から贈与を受けたとして、同月二七日登記しているので、被告吉野が右のように、本件立木を被告河上に売渡し、同被告がこれを伐採したころ、原告等は、本件土地ならびに地上立木の所有者ではなかつたこととなる。すなわち、原告等は被告等の行為により所有権を侵害されてはいないわけである。

さらに、被告等としては、右のように、本件立木を自己所有と信じていたのであるから、仮に他人の所有権を侵害する結果となつても、故意過失はなかつたものである。

最後に、原告等主張の損害額はこれを争う。伐採当時の時価についての原告等の主張も失当であるが、将来の利益を損害として請求するのは、さらに失当である。物の現在の交換価格は将来その物件の使用収益により得べき利益を考えて定められているので、物の滅失、損壊による損害賠償はその滅失、損壊当時の交換価格によるべきものである。」

<立証省略>

三、理  由

福島県信夫郡庭坂村大字李平字イラ窪九番山林五反九畝六歩上の杉立木を被告吉野が、自己の所有として被告河上に売却し、同被告が昭和二五年五月ごろから九月ごろの間にこれを伐採搬出し処分したことは当事者間に争がない。原、被告等はいずれもその立木が自己の所有であつたと主張するから、この点について判断する。

郵便官署作成部分について成立に争なく、その他の部分についても証人吉野政治の証言(第一、二回)によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、同証言により真正に成立したものと認められる同号証の二、証人水戸義友、二階堂留次郎、清野喜八、佐藤甚吉、吉野政治、(以上いずれも第一、二回)、阿部清次郎、二階堂文蔵、水戸要助、阿部宇助、小形金作、伊藤甚三郎の各証言と、被告吉野トミ本人尋問の結果とを総合すると、事実は次のようであつたと認められる。すなわち、前記イラ窪九番の土地はもと三浦松三郎の所有であつたが(この点は当事者間に争がない)、大正一二、三年ごろ被告吉野トミの夫吉野周太郎が被告吉野トミのため、この土地を三浦松三郎から買与え、買受当時は柴山であつた右土地に杉を植えるべく、その後間もなく、杉なえをとりよせ、同被告方の山林管理をしていた清野喜助に命じて、人夫数名を雇い、右地上に杉なえを植えつけたのであつて、その後しばらくは、清野喜助等が下草の刈取り、補植などしてその管理に当り、かくて生育したのが、本件立木となつた。このように認められる。証人三浦宇三郎(第一、二回)、三浦フヂ、阿部正五郎の証言中右認定に反する部分は信用できず、甲第四号証の二、第五号証中右認定に反する記載も事実を伝えたものと思えず、その他前認定を左右するに足りる証拠もない。

他方、証人三浦宇三郎(第一、二回)三浦長七、八代喜六の証言、原告佐藤正法定代理人佐藤金蔵本人尋問の結果によると、三浦松三郎の死亡によりこれを相続した三浦宇三郎は、被告吉野が右山林を松三郎から買受けたもののその登記はしていなかつたし(以上の事実は当事者間に争がない)、松三郎の死亡当時はまだ幼少でしかもその後地元をはなれていた関係もあつて、右土地は松三郎において他に売つたことはなく、従つて、自分が相続取得したものであり、その上の立木ももとより自分の所有であると思つて、昭和一七年一〇月右土地を地上立木と共に、原告等に売渡したものであると認められさらに、原告等は、この点当事者間に争のない如く、右土地につき昭和一九年一二月二一日所有権取得登記をした。

そこで右のような事情のもとで、原告等は本件立木の所有権を取得するに至つたか、どうかについて考えて見る。右のように、イラ窪九番の土地につき被告吉野は所有権取得登記をしていないのであるから、その土地につき同被告より、後に所有権を取得したとはいえ、その登記を経た原告等に、その土地所有権を対抗できないことは明かである。そうすれば、被告吉野は大正一三年ごろ、その所有する右土地に、自ら本件杉を植えつけたのであるから、これは土地所有権に吸収され、土地とともに一体となつて、同被告の所有に属することとなつたと共に、後に右土地を買受け登記を経た原告等はその土地所有権を以て同被告に対抗主張し得る結果、その土地と一体をなす本件立木についてもその所有権を主張し得るに至つたものといえそうであり、附合に関する民法第二四二条の規定は右のような場合適用がない(同条は他人の不動産に物を附合させた場合についての規定であるのに、本件における被告吉野の場合は自己の所有不動産に自己の所有杉なえをうえたのであるから)ともいえそうである。然し、他人の不動産を賃借してこれに自分の物を附属させた場合は、その物は、不動産所有権者の所有とならず、附属させた者の所有に止まり、その後賃借権が消滅し、あるいはその不動産が第三者に移転し、その賃借権を以て新所有者に対抗し得ない場合でも、右の賃借権者は附属させた物の所有権を失わないことは、前記法条但書の規定から明かなところであるのに、賃借権より、さらに広く強い権利である所有権に基いて附属させた場合、その所有権が、後に不動産所有権を取得した者に対抗できないため、附属した者の所有権をも失うと解することは、右に述べた賃借権の場合とくらべて不合理なので、このような場合、すなわち、土地所有権に基いて、その土地に物を附属させたが、その土地所有権につき登記がなかつたため、後に他の登記ある土地所有権者によつて、その所有権を否定されるような場合は、結局他人の所有地に物を附属させたに等しいので、民法第二四二条の規定により、附属させた物の所有関係を律すべきであり、そして、さきに述べたように、そのような対抗力をそなえない所有権も同条但書の正当権原に当るといえるわけであるから、本件において植えられた杉は一応被告吉野の所有に属するに至つたものと解される。

そこで、次に原告等の右立木についての時効取得の主張について判断する。

およそ、時効取得の基礎となる占有があるとするためには、その物に対する客観的な事実支配としての所持がなければならず、所持があるというためには、物に対する排他的な支配が客観的に認められるべき事実がなければならないのであるが、山林立木について年数回の手入見まわりなど単なる管理をしていただけでは、他の支配を排除する支配という客観的関係が樹立されているものとはいい難い。なぜなら一人がそのような手入見まわりをしている間に、他の者もまた同様年数回の手入見まわりをすることも可能であり、それではたがいに他を排除する支配を確立しているとはいえないわけである。右のような単なる手入見まわり以上に、いわゆる明認方法といわれる処置あるいは、立木周辺に柵を設けるとか、常に附近で監視するとかして排他的な支配の事実を作らねば、所持、従つて占有があるとはいえない。そして本件に現れた証拠を通覧すれば原告等ないしその前主である三浦宇三郎などにおいて、人を介して本件立木の手入などを年一、二回程度行つていたことは認められても(それが所持といえないことは前述の通りである)排他的支配を本件立木について原告等ないしその前主において確立していたと認めるべき事実を証すべき証拠はないので、原告等が本件立木につきその所有権を時効取得したとの主張は採用できない。

右のように、本件立木は一応被告吉野の所有に属したわけであるが、同被告ないし同被告からその所有権を譲受けた被告河上はその立木所有権につき、原告等第三者に対抗主張し得るかについて考えて見る。右のように、被告吉野は当初から本件立木所有権を取得し、三浦松三郎ないし宇三郎は、その所有権を取得しなかつたとすれば、同人から譲受ける契約をした原告等においても、前主の有せぬ立木所有権を取得するに由なく、従つて、立木所有権についての対抗問題はおこる余地がないとも考えられる。然しながら、元来立木はその定着する土地と共に一箇の物となり、土地所有権と別な所有権の対象とならないことを原則とし、土地所有者の特にこれを分離して処分する行為あるいは本件のように附合しながら土地所有権に吸収されず、別の不動産所有権を発生せしめる事実など、特別の場合にのみ、土地所有権と分離して一つの別の所有権が成立する。すなわち、このように、本来ならば、土地所有権のうちに含まれるべき立木について独立な所有権が成立するに至ることは、物権の変動の一として、これにつき明認方法その他の対抗要件が備わらねば、その立木所有権者は、その立木所有権の土地所有権から分離の事実を対抗できないこととなるものと解する。例えば土地所有者が、立木のみを分離して他に売渡した場合、その立木所有権者はこれにつき公示方法をとらねば、第三者に対抗できないと同じく、立木所有権を留保して土地のみを売渡した所有権者も自己に留保した立木所有権について公示方法をとらねば、その後土地所有者となつた第三者に対しては、立木所有権の分離留保の事実を以て対抗主張し得ないこととなる。これを、土地所有権のみを譲受けた者は、立木所有権を有しないのであるから、第三者は立木所有権を取得するに由なく、対抗問題を生じないとすることは、立木所有権のみの譲渡があつた時、これについて第三者に対抗するためには、明認方法を要するということ(これは疑ない)と対比して、不合理であるし、第三者としては、登記簿についても、現地についても立木所有権留保の事実は知る由もないのに反し、立木所有権を留保した者が、これを確保しようとすれば、明認方法等を施せばよくそれに困難はないわけであり、要するに、立木所有権は、その特殊性から、土地所有権と分離存在することを主張するために、対抗要件が要求されるものといわねばならない。

ところで、原告等は、前認定のように、昭和一七年一〇月本件立木を含むものとして本件土地を三浦宇三郎から買受け、昭和一九年一二月二一日登記をしたのであるから、それより前に被告吉野において立木所有権につき対抗方法を講じておかなかつた限り、右の土地所有権登記によつて、地上立木についても所有権を主張し得たわけであるが、原告等の自ら主張するところによれば、原告等は昭和二二年六月一二日本件立木のみを留保し、土地を佐藤徳栄に売渡し、同月一四日その旨登記し、昭和二五年七月二七日まで登記を回復していないのであり、右留保した本件立木について明認方法その他の対抗手段を講じておいた事実を認めるべき証拠はないのであるから、その間は前述したところから明かなように、その立木所有権を以て第三者に対抗主張できないわけである。そうすれば、前述のように、本件立木について対抗力は仮にないとしても同じく所有権を有する被告吉野が、昭和二五年五、六月ごろ右立木を被告河上に売却した(この売却、その日時の点は当事者間に争がない)ことに対して、原告等は、その立木所有権を主張できないのであるから、原告等の同被告に対する請求は他の点を判断するまでもなく失当であることが明かである。

次に、被告河上の関係について見るのに、証人吉野政治の証言(第一回)と被告河上本人尋問の結果とによると、被告河上は昭和二五年五月被告吉野から本件立木を買受けたことが認められるので、その後間もなく、同被告は右立木の伐採に取りかかり、その一部を伐採搬出したことは当事者間に争のないところであるが、それは所有権に基く行為であるから、その所有権が対抗力を備えているか否にかかわらず、単なる不法行為者ではないのであり、従つて、これに対し原告等は、その登記を回復し、本件立木の所有権を以てこれに対抗主張できるようになつた昭和二五年七月二七日(この登記の点については当事者間に争がない)以前の被告河上の行為に対して所有権侵害の責を問い得ないことは、被告吉野について述べたところと同じである。次に、原告等が、昭和二五年七月二七日本件土地についての所有権登記を回復したことは当事者間に争なく、証人佐藤徳栄の証言、原告正法定代理人佐藤金蔵本人尋問の結果とによれば、前認定の通り昭和一七年一〇月原告等は本件土地立木を買受けた後、土地については佐藤徳栄に贈与したこともあつたが、立木は留保しておき、昭和二五年七月二〇日に至つて、さらに土地所有権も佐藤徳栄から取得したことが認められるので、右登記と共に、本件立木所有権について対抗力を保有するに至つたというべきである。これに対し被告河上は前記のように、伐採搬出したことを以て、本件立木所有権についての公示方法を施したものであると主張するが、公示方法というためには、一般不特定の第三者をして、その所有権取得を知らしめる継続的な状態がその物について明示されねばならないのであり、仮に、被告河上の伐採搬出行為がそのなされている限りは、つまり、その作業中はその所有権を第三者に知らしめるに役立つとしても、常時その状態が継続してるわけではないのであるから(そのような事実を証すべき資料はない)被告主張のような単なる権利行使または使用収益行為の存在というだけでは、明認方法がとられたとはいえないし、その他の方法による明認方法を被告河上が施した事実は、同被告の主張立証しないところである。

そうすれば、被告河上はその立木所有権を原告等に対して対抗主張することができぬ反面、原告等は昭和二五年七月二七日以降その立木所有権を何人にも対抗主張できることとなつたわけであるから、被告河上は、その後の伐採行為により処分した立木について原告等にその損害を賠償する責任があるわけである。被告河上は、この点につき故意過失がないと主張するが、同被告が本件立木を買受けるに当りその地盤所有者を土地登記簿その他について調査しなかつたことは、同被告本人尋問の結果により明かであるから、同被告は、本件立木生育の土地所有者の何人であるか(土地とその上の立木とは同一人の所有に属するのが通例であるし、違うなら、違う所以を尋ねるべきであろう)調べることなく買受け、明認方法を施すことなく伐採処分したことにおいて少くとも過失があるといわねばならない。

そこで、被告河上の責に帰すべき損害額について見ると、被告河上が昭和二五年六月八日ごろまでに本件立木の約三分の一を伐採したこと、同月二三日仮処分を受けて伐採搬出を中止したが、同年八月一四日その取消判決を得た後同年九月初めまでに残り全部を伐採搬出処分したことは当事者間に争のないところであるから、反対の事実の認められない本件において被告河上が昭和二五年七月二七日以後に伐採搬出処分をした立木は全部の三分の二に当る量であつたものと推認される。

そうして、検証ならびに鑑定人加藤正の鑑定の結果によると、本件伐採された立木全量は五一七石七六、その樹令三〇年に達すべき昭和二九年まで伐採せず成長せしめた時のそれは六八六石五三、その時の一石あたり価格は六一四円と認められるので、昭和二九年樹令三〇年に達した時の右全量の三分の二に当るものの価額は二八一、〇一九円六一銭となり、これを昭和二五年一二月三一日に支払うべきものとし、その間の利息を年五分の民法所定利率により差引計算すれば、二三四、一八三円(円未満切捨)となる。被告は、物の滅失による損害はその滅失当時の価格を賠償すれば足りると主張するが、立木のように伐採しないで生育させれば、年々生育増量するものについては、伐採したことにより、その後の生育を不可能ならしめたことにより、所有者の得べかりし利益を失わした損害も賠償すべきであり、また、特に所有者において、至急に伐採することを有利とするような事情の存しない限り(本件においてそのような事情は認められない)少くとも杉立木は樹令三〇年を過ぎてから伐採することを有利とすることは一般に予想され得べきところなのであるから、前記の本件立木が樹令三〇年に達した時の価額は、被告河上において賠償の責に任ずべき範囲に含まれるものというべきである。

なお、原告等は本件立木を共有するものであり、その持分については反対の事実を認むべき証拠がないから、各二分の一であると推定すべく、そうすれば、原告等は、被告河上に対し各前記金額の二分の一にあたる一一七、〇九一円五〇銭とこれにつき昭和二六年一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の率による遅延損害金との支払を求め得べく、原告等の本訴請求は右の支払を求める限度において正当であるから、これを認容するが、その他は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の点について同法第一九六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 西川正世)

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